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名古屋高等裁判所 昭和37年(ネ)512号 判決 1963年4月26日

控訴人 清水清明

被控訴人 三桝紡績株式会社 外三名

主文

本件控訴は之を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人所司金次郎は被控訴会社の職務を執行してはならない。控訴人は被控訴会社の取締役の職務を執行することができる。被控訴人広瀬英利、同上田九一、同所司金次郎は控訴人のなす右職務の執行を妨害してはならない。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、書証の認否は左記の外原判決事実摘示の通りであるからここに之を引用する。(但し、原判決三枚目表七行目に「(同一一五、五〇〇個)」とあるのは「(同一一五、五〇〇〇個)」の、又原判決添附別紙第一の表終りから二行目に「存絶期間」とあるは「存続期間」の各誤記と認める。)即ち、

一、控訴代理人は

(1)  被控訴会社は本件株式三十万余株を被控訴人広瀬英利名義に書換をなすにつき悪意又は重大なる過失がある。即ち、一般に会社が株式の名義書換の請求を受けた場合には少くともその形式的資格について審査する義務を負うものである。従つて、本件株式の名義書換をなすに当つては少くとも遺言公正証書に清水育英会設立準備委員長広瀬英利の請求により同名義に書換え得る条項があるかどうかを審査しなければならない。然るに、遺言条項には財団法人清水育英会設立準備委員会なるものを設立する根拠となる条項は見当らないし、遺言執行者にその財団設立準備中又は設立手続中に本件株式の名義書換をなし得る権限を附与し得る条項は何項にも存しない。本件株式の名義書換は財団法人設立委員長広瀬英利の単独決議書とその名義書換請求によつてなされているのである。これは明に遺言と反するのであるから形式的審査自体により右書換ができないことはあまりに明白である。これは被控訴人広瀬が被控訴会社の代表者であつたところから同人個人の利益をはかり本件株式の議決権を同人のほしいままにしてその経営の実権を握らせるために悪意になしたものとしか考えられない。若し、そうでないとすれば重大なる過失に基くものである。更に、本件遺言条項による遺言の執行は清水育英会の設立許可申請手続をなすことであつてこの手続を終えれば之を以て遺言の執行を終つたものというべく、清水育英会設立準備委員会を作つたり、本件株式を右委員長名義に書換えたりすることはできないはずである。従つて、遺言が有効に存続するとしても清水育英会設立許可あるまでは本件三十万余株は亡清水千代二郎の相続人等の所有であること明である。然るに、之を委員長名義に書換えたのは形式的要件を具備しないのになした明白な不適法な名義書換であり、前同様被控訴会社の悪意又は重過失により名義書換をなされたものである。以上の如く本件三十万余株の名義書換は被控訴会社の悪意又は重大なる過失によりなされたものであるから財団法人の設立許可あるまでは遺言寄附行為の有効、無効に拘らず又議決権行使禁止の仮処分がなくても右株式を実質的に共有する亡清水千代二郎の相続人等の代表者たる控訴人に行使さすべきである。然るに被控訴会社は亡清水千代二郎の相続人等への名義の書換を拒否し且その議決権の行使をも拒否しつづけているのである。以上の通りであつて本件の場合において控訴人等の行使した本件三十万余株の議決権の行使は有効である。

(2)  株主総会の議決は決議の方法として投票の方法をとつたときは投票がなされた瞬間客観的にはすでに決議が成立しているのであつて議長の宣告によつて決議の結果は影響を受けることなく、又之により効力を生ずるものではない。従つて、議長が客観的決勝と異なる宣告をしたとしても株主総会の客観的決議はこの宣告とは関係なく有効に存在し議長の誤つた宣告は決議との関係においては当然無効でこの宣告を以て決議と見るべきものでないから之が効力を争う方法は決議取消の訴や決議無効の訴で争うべきものでなく決議不存在確認等を以てなすべきである。決議が取締役の選任の場合には確認の利益がある限りその選任された取締役の地位の確認の訴も法的に認められることも当然である。控訴人の本件仮処分申請の第一次的主張は右の見解に基き有効に存在する決議は控訴人の取締役当選であり被控訴人所司金次郎の落選で、被控訴人所司金次郎当選の決議は不存在であるという前提でなしているもので、選任決議の瑕疵を原因としているものではないから取締役選任決議不存在乃至取締役地位確認の訴を本案とし申請の趣旨の如き仮処分を求めるものである。

(3)  被控訴人所司金次郎の取締役選任決議の取消乃至無効の訴を本案とする場合の仮処分申請は商法第二百七十条によるべきものであるが右条項による仮処分は既に本案の提起ありたるときは一般の仮処分と異なり保全の必要性の要件を軽減しているから本案につき一応の疏明がなされた以上職務代行者の選任の仮処分決定をなすべきものである。当該取締役に職務の執行を継続させることが著しくその適正を欠き会社に甚大な損害をこうむらせるおそれのあることを必要とするものではない。このことは商法第二百七十条後段で「本案ノ係属前ト雖モ急迫ナル事情アルトキ亦同シ」と特に定めていることからも明瞭にうかがえるところである。若し、此のように解しないと商法が特に此の条文を設けた意味がなくなることになる。

(4)  仮に控訴人の右主張が認められないとしても商法第二百五十二条はその他の理由に基き株主総会決議の無効確認を求める訴乃至いわゆる株主総会決議不存在確認の訴にも類推適用ないと準用すべきである。けだし、これ等の訴は結局いずれも総会の決議そのものが法律上有効な決議として存在しないことの確定を求めることを窮局の目的とするものだからである。従つて、控訴人の取締役の地位確認も被控訴人所司金次郎の当選決議不存在ないし無効のことから由来するのであるから株主総会決議不存在乃至無効確認の訴の一種として商法第二百五十二条を類推適用して商法第二百七十条の仮処分申請は許さるべきであり仮に右仮処分をなすにつき当該取締役に職務の執行を継続させることが著しくその適正を欠き会社に甚大な損害をこうむらせるおそれのあることを必要とするとしても被控訴人所司金次郎にはその事情が存在する。即ち、各決算期においても代表者たる広瀬が取締の一人たる星野泰助に決算内容を説明せず、且星野に対し決算についての検討をなすための帳薄の閲覧さえ禁じていることに同調し五百三十一万八千七百九十六円の創業以来はじめて大欠損を計上した第二十九期決算においても全く経営内容に無知で之が検討を加えようとせず広瀬提出の書面にめくら判を押している始末で是非とも同人にかわり真剣にして公正なる取締役に執務させなければ会社の損害は益々増大し回復しがたいものとなるおそれがあると述べた。

二、被控訴人等代理人は

(1)  津地方裁判所昭和三四年(ヨ)第三四号仮処分事件の決定で認められていた本件十万四千七百六十五株の議決権の行使については右異議事件の判決によつてその行使を許すとする主文は取消されその部分の仮処分申請は棄却されたものである。そして、その部分には仮執行の宣言がつけられているので仮処分取消判決は即時効力を生ずるのである。ところで、一般に請求棄却の判決に対してその執行を停止するというようなことは法律上認められないが、この理は仮処分訴訟の判決の同趣旨の場合においても全く同様である。本件の如く性質上原決定の取消について狭義の執行ということがあり得ないものは決定取消の効力は判決言渡と同時に発生しそこに停止を求める余地は全くない。従つて、後から執行停止決定を得たとしてもそれは無意味のことをしたというに止まりそのことによつて原決定は復活するものではない。

(2)  控訴人の主張は本件累積投票の結果はその基礎となる有効票の認定について誤りがあり、控訴人主張の通り正しい累積投票結果によれば控訴人が取締役に選任され被控訴人所司金次郎は落選しているから控訴人は現に取締役の地位にあり、被控訴人所司はその地位にないというのである。然しながら、右累積投票の結果の基礎となる有効票の認定に誤があつたとしても議長の宣告によつて決議が成立している以上それは選任手続について瑕疵として決議無効ないし取消の訴における原因事実となつても右累積投票による選任決議は右訴に対する確定判決あるまでは総会の決議として効力を保有しているのである。従つて、前記取締役選任決議の存在を無視し、右決議の存在にかかわりなく控訴人のいわゆる累積投票に基いて控訴人が取締役に選任され、被控訴人所司が落選したという主張を前提とする本件仮処分申請は失当である。

控訴人は予備的に被控訴人所司の取締役選任決議取消の訴を訴求しており、控訴人所司が現に取締役の地位にない主張を外見上成立している同人に対する選任決議の無効を主張する趣旨に解すれば決議無効確認を本案として訴求していると解されるから之を本案として之に即応して予備的に仮処分申請をなしていると解される。この場合の仮処分として規定されているのは商法第二百七十条所定の取締役職務執行停止、代行者選任の仮処分である。(勿論此の場合控訴人自らに職務執行させよとの申請部分は当然申請の趣旨から除かれることとなる。)そして、右のような仮処分は当該取締役の職務の継続をさせることが著しくその適正を欠き会社に甚大なる損害をこうむらせるおそれの大である場合に許されると解すべきところ、被控訴人所司には右のような事実が認められないから本件仮処分申請は失当である。

(3)  控訴人の前記一の(1) 乃至(4) 記載の主張は争う。即ち、

(イ) 控訴人右(1) の主張に対し。遺言執行者の職務権限はいうまでもなく相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権限でありしかもそれは義務でもある。従つて、財団設立許可申請をするにあたり行政指導に従つて設立準備委員会を作り実質的には設立中の財団の機関と目される同委員会に株式を引渡し名義を書換えることは遺言執行者の権限に属する適法な行為である。従つて、本件株式を基本財産として財団法人を設立する旨の亡清水千代二郎の遺言に基づきその遺言執行者として本件株式を保有する被控訴人広瀬から右遺言の存在及遺言執行者であることを右遺言公正証書によつて証明し、さらに右財団設立準備委員会の名義書換決議の存在を証明する文書を添えて前記名義書換請求がなされ被控訴会社が之に応じたことは形式的にも実質的にも適法且有効であり何等悪意又は重大なる過失はない。又被控訴会社は控訴人が株券の所持人でないのみならず、右株式については控訴人以外の者を遺言執行者とする前記遺言が存在する事実が証明されているから控訴人の名義書換請求はすでに形式的要件を欠くことが明であるので名義書換を正当に拒否したものである。

(ロ) 控訴人の(2) の主張に対し。決議の方法につき投票の方法がとられたときはその結果の表明までは議事の内容になるから議長が投票の結果を確認宣告してはじめて決議が成立する。

(ハ) 控訴人の(3) の主張に対し。商法第二百七十条の取締役職務執行停止代行者選任の仮執分は取締役の選任決議の無効又は取消の訴を本案訴訟としてのみ許され本案判決確定までの暫定的仮定的処置なのだからその性質は民事訴訟法上の仮処分に外ならず商法第二百七十条は民事訴訟法第七百六十条の仮の地位を定める仮処分の一種を注意的に規定したものである。従つて、かかる仮処分をなすには保全の必要あることは当然であつて当該取締役の職務執行が適正を欠き会社に莫大な損害を及ぼすおそれがなければ此の種の仮処分を許し得ないことは他の仮処分と同様である。

(ニ) 控訴人の(4) の主張に対し。取締役地位確認が取締役選任決議無効確認の一種であるという主張自体ナンセンスであるのみならず、そもそも累積投票による選任決議は二人以上の取締役を同時に選任する場合にその全員を一括してなす一個の決議の無効ないし不存在を前提としてその同一の決議に基づいて控訴人が取締役に選任されたという主張はそれ自体失当である。

又被控訴人所司は単なるロボツトではなく又控訴人は同被控訴人等が星野泰助に帳簿を閲覧させないことを非難するが右星野は控訴人を利用して被控訴会社乗取りを策している岐阜紡績株式会社々長三好静一郎の腹心で同訴外人が買占めた被控訴会社株式によつて被控訴会社に送り込まれたものであつてその帳簿閲覧請求等も取締役としての正当な権利の確保若しくは行使に関してなしたものではなく、専ら会社内部を撹乱し会社業務の運営を妨害するためになしたものであることが明白であるため被控訴会社は正当に拒絶したものである。被控訴人所司が之に同意したのは会社を愛する取締役として当然なすべきことなしたのであつて、むしろ同人は取締役として善良な管理者の注意を以てその職務を適正に執行していることの証左に外ならないと述べた。

三、立証<省略>

理由

控訴人の本訴仮処分申請を理由なしとして却下すべきこと並その理由については左記の外原判決記載の通りであるからここに之を引用する。即ち、

(1)  控訴人は株主総会の決議の方法として投票の方法がとられたときは投票の瞬間に決議が成立し議長の宣告によつてはじめて決議が成立するものではない。従つて、議長が誤つて投票の結果と異なつた宣告をなしたときは議長の宣告した決議は不存在であると主張する。然しながら、投票の結果は議長によつて表明せられるまでは議事の内容をなすものに過ぎず、議長が投票の結果を確認宣告してはじめて議決が成立すると解するのが相当である。従つて、投票自体は決議たる効力を有せず、議長が投票の結果を控訴人の見解と異つた見解の下に認定し之を宣告したとしても議長が単なる誤解に基いて宣告した場合と異なり決議として効力を有するものと解しなければならない。そして、右決議に対する不服申立の方法は原判決の認める通り決議無効確認又は取消の訴によるべきものであるから控新人の主張はその理由がない。

(2)  控訴人は商法第二百七十条の仮処分は民事訴訟法第七百六十条の必要性の要件を緩和したものであると主張する。然しながら、商法第二百七十条の取締役の職務執行停止、代行者選任の反処分は性質上民事訴訟法第七百六十条の仮の地位を定める仮処分の一種で之を注意的に規定したものと解すべきであり、かかる仮処分をなすには当該取締役の職務執行が適正を欠き会社に著しい損害を及ぼすおそれあることを要することは披控訴人等の主張する通りである。商法第二百七十条第一項後段が「本案ノ繋属前ト雖モ急迫ナ事情アルトキ亦同シ」と規定しているのは本案提起前に前記の様な保全の必要が発生し本案提起後を持つていてはその目的を達し得ないような事情があるときはこの種の仮処分を求め得ることを注意的に規定したに過ぎないと解すべぎものであつて本案提起と同時にその後の仮処分には保全の必要を要しない趣旨に解すべきではない。従つて、控訴人の右主張は理由がない。

(3)  控訴人は控訴人の取締役の地位確認の本案訴訟も被控訴人所司金次郎の当選決議不存在ないし無効に由来するものであるから之を本案とする場合にも商法第二百七十条の仮処分申請を許さるべきであると主張する。然しながら、取締役の地位確認が取締役選任決議無効確認の一種であるといえないから取締役の地位確認を本案として商法第二百七十条の仮処分を認めることは困難であるのみならず仮に之を認め得られるとしてもその必要性の認められないことは後記(4) 及び原判決に認める通りである。従つて、控訴人の主張は理由がない。

(4)  控訴人は被控訴人所司は被控訴人広瀬が取締役の一人である星野泰助に決算内容について説明もせず帳簿の閲覧さえも禁じていることに同調し且被控訴人所司は経営内容についても無知であるから仮処分の必要性があると主張する。そして、帳簿の閲覧を禁しだことは被控訴人等も認めるところであるが、その他の点については之を認めるに足る疏明方法はない。帳簿の閲覧を禁じたのも原審証人辻井正之の証言によつて成立を是認すべき乙第九号証によれば星野泰助が当時被控訴会社乗取りを策していたと警戒されていた岐阜紡績株式会社々長三好静一郎の腹心と考えられていたことによるものであるから事の当否は別としてこの一事によつて被控訴人所司の職務執行が適正を欠き被控訴会社に著しい損害を与えるものと断定することができない。

(5)  其の他、当審に現れた証拠によるも右認定事実及之と抵触しない右に引用した原判決認定事実を左右することができない。

以上の理由により爾余の点に判断するまでもなく控訴人の本件仮処分申請は失当で之を却下した原判決は正当であるから本件控訴を棄却し、民事訴訟法第三百八十四条第八十九条、第九十五条を適用し主文の如く判決する。

(裁判官 県宏 越川純吉 奥村義雄)

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